雪彦山 三峯姫山〜紅菱会ルート・地蔵岳正面壁加古川ルート
2001年11月23日〜25日
日置 坂地(記録)
中西(このはな) 浜田・池田(くまごろう)
23日夜、森ノ宮の自転車置き場に集合。すでにみんな集まっていましたが、中野さんがまだ来ていなかったので、新人なのにビリでなくて良かったと思いました。待つことしばし。中野さんは現れません。電話をかけると中野さんはまだ家にいて、何も準備していないとのことでした。「えー、なんにも聞いてないで!」「天王寺まで迎えに行くから、荷物つめて出ておいで」という会話が交わされましたが、結局中野さんは不参加ということで、20分遅れで出発。車中では「雪彦に行こうと言い出したのは、中野さんとちがうかった?」という話で盛り上がりました。
次の日の朝、きのうは見えなかった雪彦の山々がくっきり見え始めました。どこがどこだか全然わからないけれど、今日はくっついて行くだけ。三峯へ向かう途中、後ろを歩いていた日置さんと中西さんが道をそれて、沢沿いに上がっていくのが見えましたが、きっと向こうが近道なのだろうと気にせず登り続けました。取り付きの少し手前で2人を待ちましたが、待てど暮らせど上がってきません。大声で読んでも返事なし。携帯も無線も応答なし。浜田さんが何度も探しに行きましたが、30分待っても1時間待っても現れません。しかたがないから3人で登ろうかと、三峯姫山ルートの取り付きにさしかかったとき、日置さんから、いま地蔵の頂上にですぐそちらに向かうという連絡が入りました。浜田さん曰く「淡麗ではあかんなあ。ビールおごらさんと!」
姫山ルートは1ピッチ目からアブミ。10月末から雨でアブミの練習しかできなかったので、ついてないなあと思っていたのですが、晴れていたらぶっつけ本番で登らねばならなかったはずで、雨が降って実はラッキーだったのだと思いました。次の白い壁のハングの出口の所に日置さんの『最便利?品?(HUKUROニュース第321号)』がかかっていました。ヌンチャクをかけて掴もうとしたら「あぶないかもー」という声がしたのでおもわず手を引っ込めましたが、つづいて「100kgまでは大丈夫」といわれたので掴んで登ることにしました。浜田さんに「ロープ、張っといてー」と大声で頼んだのですが、試しにロープを引っ張ったらいくらでも延びてくる。レベルテン(いつも行くクライミングジム)なら「テンション!」といえばどこでもぶら下がれるけれど、ここでは「テンション!」は通用しないことがわかり、意を決して両手でヌンチャクを鷲掴みにして乗り越しました。最後のピッチ(だったと思う)を登っていくと、ロープが横にトラバースしてゆく。ロープを目で追ってゆくと、ずっと先ででロープが上に上がりだすまでピンがない。正確には途中にピンが1つあるのだが、そのカラビナには池田さんのロープが通っていて、僕のロープはその横に力なく垂れている。「なんで経験者の池田さんのロープはピンを通ってるのに、初心者の僕のロープにピンないねん、めちゃこわいやん。あそこまでいったらワシも掛けたろ。」と思いながらボルトの所までトラバースしていきました。でも、そこまで来たら自分のロープをかけても意味がないことに気づいて、がっくり。傾斜が緩くなってきて、こんなとこばかりならいいのにと思うまもなく終了点。三峯の頂上から降りてゆく途中で真っ暗になり、車にたどり着いて浜田さんと僕がテントを立てたり湯を沸かしたりしている間に日置さん達が買い出しに行き、ナベをつつきだしたのはもう良い子の寝る時間。日置さんと中西さんは、『アサヒスーパードライ』を買ってくるのを忘れませんでした。
次の日もいいお天気。早く帰ってこれるようにと、地蔵岳正面壁の加古川ルートを登ることになりました。池田さんがくまごろうの山行のために登山道を下見するというので、今日は日置−坂地、浜田−中西で組みました。この日は短くてやさしい部分を2ピッチ、リードさせてもらいましたが、つくづく感じました。
「リードで攣る人はえらい!」
トップで登るのは練習必要!と思いました。この日も昼過ぎに帰着するつもりが、車に着いたのは3時過ぎ。池田さんは暇を持て余していました。
(坂地)
